継続 慢性末梢神経障害性疼痛~ペイン科での治療中 発信するということ

 8月の半ばに定期的に診察をお願いしている形成外科の受診があった。
約3か月程の間隔で、持病の内分泌科の診察日とリンクさせている。

実際に耳鼻科の手術の時の形成手術には、参加されていない。
その当時の先生は大病院としては恒例の移動となってしまったのだ。
少し距離のある場所への移動だったので、私が良いならそのままそちらで診察をしていきましょう。と
言ってくださったのだけど、やはり、距離が無理・・・。
出来ることなら私もその先生にお願いしたかった・・・。
こうして年数が経過して、これほどまでにも完璧に近い形で形成術をしてくださった先生に心から感謝している。

そして、その後任として、今の先生が術後間もなかった私の担当医となった。
この先生には大きく欠けてしまったコメかみ部分の欠落箇所に脇近くの脂肪をそこに移植手術をしてくれました。
また、何回かそれとは別に日帰りの外来手術もお願いしています。
耳鼻科の経過観察が終了してから、ご厚意でそのまま引き継いで診てくれている先生には感謝です。

以前にも書いたけれど、がんの手術から1年ちょっとしてから欠落部分を埋める手術をするときに、
出来上がりに100%の完璧はできない。
手術をする前のような元のようにはならないことを理解してほしい。
それが、7割か、8割か、5割か・・・どのくらいの修復となるか。
どんなにこれ以上の出来上がりはないと手術を終えても、本人がしっかりと現実を見つめて把握し理解しないと
どうして?こんな結果?となり、本人にとって後悔することになるよ。
現実に、今やはり、年数が経ってその個所は現実に凹んできてしまった。
でも、それは、きちんと理解したうえでお願いしたし、行ったおかげでここまで修復できたと思っている。

・・・なぜ、先にこれらを書いたかというと・・・。
今回の診察時に過去に何例か外耳道がんの手術を受けられた人がいて、実際に手術を受けてみたらこんなはずではなかった。
色んな諸症状があり、辛い、後悔している。
と、訴えてこられる声があるそうで。
この方だけでなくほかにも何例も同じように言われている患者さんが多いような。
むしろ、大丈夫です。っていう方が少数なのではないだろうか。
もちろん、私も例外ではなく、何度となくいや、ほとんど毎日、後悔しノイローゼになるのではないか・・・。
心療内科の診察を受けた方がいいのではないか・・とというほど、落ち込んだ日々が何年も続いた。
「慣れるまで(気にならないで生活できるまで)にどのくらいかかった?」と先生からの質問に
答えは、やはり、「時間の経過」の言葉しか浮かばなかった。
それだって、今でももちろん、痛みもあるし、辛さもある。思い出す時だって(忘れることはない?)でも、
それは、これだけの時間が経過したから言えることであるのだけれど・・・。

術後は、たった一日でこんなにも180度近く生活が変わるものかと。たかが耳。いえされど耳なのです。
脳にも首にも顔面にも近く、何かしらのダメージを外的を受けているわけです。
顔だって左右対称的ににっこりと目は優しく両頬を上げ、口角だって上がって笑顔を作れたり、食べ物だって意図も簡単に口に運べばペロリと食べられる。
瞬きだって、左右一緒。眠るときはしっかり両目を閉じる。
こんなことすら、神経によって、すべてが出来なくなっているわけです。麻酔が取れて自分の意識が戻った瞬間。
耳たぶだって、術間前の説明では、半分はなくなると言われた。
ほかにもいろいろ言われていたけれど・・・。

どんなに丁寧にインフォートコンセントで説明されても、その時の自分は今思えば、何も耳に入ってこなかったのかもしれない。
ただ、言葉は頭を通過して、言葉だけとして残っていても、実際に自分がそうなることなんて、想像すらつかなかった。
これがたぶん、誰もが思ったことなのではないだろうか・・・。
現実とのギャップの一つ。
そして、日常生活に戻った時に、術後の痛みや重さ、辛さ、真直ぐ歩いているはずが、平衡感覚が取れない。
歩くとズンズンと重く響く、手術した側の体に辛くのしかかる不具合。
顔面麻痺により、ご飯も的に食べられない、水だってコップで飲めばダラダラと脇からこぼれる・・・。
・・・・経験された方は、きっと私もそうだったと思うだろう
もう一つのギャップ。
首から下は何ともないのに・・・と何年も重い詰めていた。
再開したお勤めの仕事だってなんだか上手く運ばない・・・。
長い時間の手術で落ち込んだ体重と体力はなかなか戻らない。
体の疲れと、精神的な疲れ。

誰に吐き出そうと、愚痴にしかならず、この状態をわかる人が現れない。
ネットで探してみても、今こそは情報が少しずつ出てはいても、少なすぎる。希少がんであるからこそなのだろう。
でも、今は、恵まれていると、私は思うよ。私の時はその病名すらほとんどヒットしなかったのだから・・・。
なんてね。

言えるのは、やっぱり、時間なのだ・・・。
徐々に気にせずに毎日を送れる日は必ず来る。
ちょっとぐらい走れる日だって、来る。
傷を気にはしても、耳を出す勇気だって来る。
手術の後悔をしない日だって来る。

手術をしなければ必ず死が訪れる、怖い場所のがんなのだ。
手術をしたから、後悔もできるし、夜寝ることも朝起きることも日常を生活することもできる。
手術をしたから、今がある。

だからと言って、何もせずにいてはやはりいけない。
誰にでも生活があるから、立場が違うだろう。
小さいお子さんを持ったお母さんだっている。
育ち盛りのお子さんを持った人だって、
子供の成長を楽しみにしている人、
たくさんの仕事を背負っている人、
背景は人それぞれなのだ。
自分自身から今佇んで立ち止まっているとしたら、一歩前に進んでほしい。
早さなんて自分のペースでオーケー。
一歩でも前に進む事によってこれからの先がまた見えてくるはず。
見えないだろうけれど、あなたを支えている人はたくさんいるはず。
もがいたっていい。勇気を持ってほしい。
それにより、きっと変わるはず。

そんな気持ちを、ここから発信しています。
ここから先にどこかへ繋がっていることは、一切ありません。
何人かの方々が、ここを訪れました。
やはり、私もそうだったけれど、同じような悩みや話を持っていました。
そんな気持ちを吐き出しに来てくれたことを今でも、嬉しく思っています。
そして、少しずつ訪れる回数もコメントも少なくなって・・・
きっと、羽ばたけたのだと、先に進む更にもう一歩が出たのだろうと信じています。
いいのです。それで。
ここに立ち寄って、その結果が良い方向へといくならば、喜んでおめでとう。
いずれ、忘れ去られたとしても全くオーケーなのです。

そんな場所です。ここは。

今回は、こんなお話しでした。





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by noriko0113 | 2016-08-27 15:00

日常なかで、その日、その時に感じたこと・・ココロの扉を開けてみる 2006年右耳外耳道癌の手術をし 2011年無事に5年を迎えました。現在、手術後遺症:末梢神経障害による痛みと闘い治療中。
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